2024年8月31日土曜日

静


嵐の前の静けさ?

2024年8月30日金曜日

詐


台風一家が新しいシノギを始めた。「来る来る詐欺」である。逃亡・潜伏中の兄貴は知恵が働く。

……であってほしい。

2024年8月28日水曜日

冪

2の6乗というキリの良い歳になった。

なお、同じ数を何回か掛け合わせることを、いまの学校では「累乗」というが、以前は「冪」と呼んでいた。

2024年8月26日月曜日

箱


暗箱を新調した。新聞を作っていた頃に使っていたのを売り払って、買い換えたのだ。絞り・シャッタースピードは暗箱まかせという割り切りよう。

スマホのカメラは手軽だけど、超広角なのと、データ圧縮が強すぎることで、使いづらかったのだ。

なお、「カメラ」はラテン語「camera obscura」の略で、cameraだけだと「部屋」なのだ。obscurusは「暗い」、現代スペイン語にはbが落ちたoscuroという形で残っている。

2024年8月25日日曜日

嵬


朝からごろごろ。

2024年8月24日土曜日

米


久しぶりにご飯。

米不足のせいではない。注文をし損ねていたのだ。2週間、外食やパン、カップ麺でやり過ごそうとしたけど、やはり、ばてたようだ。

山形の「はえぬき」だけど、産地は無事だったんだろうか。胚芽米なので、ちょっと黄色っぽい。

2024年8月23日金曜日

羊

キリスト教の聖書では「羊:sheep」「子羊:lamb」、それぞれがたとえるものを区別しているのではなかろうか。

たとえば、旧約の方だとイザヤ書53.6-7:
われわれはみな羊のように迷って、
おのおの自分の道に向かって行った。
主はわれわれすべての者の不義を、
彼の上におかれた。

彼はしえたげられ、苦しめられたけれども、
口を開かなかった。
ほふり場にひかれて行く子羊のように、
また毛を切る者の前に黙っている羊のように、
口を開かなかった。
 (以下日本語訳は日本聖書協会、1955年改訳版)
All we like sheepe haue gone astray: we haue turned euery one to his owne way, and the Lord hath layd on him the iniquitie of vs all.

He was oppressed, and he was afflicted, yet he opened not his mouth: he is brought as a lambe to the slaughter, and as a sheepe before her shearers is dumme, so he openeth not his mouth.
 (英語訳は1611 King James version:欽定訳)

新約の方だと、ヨハネによる福音書1.29:
ヨハネはイエスが自分の方にこられるのを見て言った、「見よ、世の罪を取り除く神の子羊。……
The next day, Iohn seeth Iesus comming vnto him, and saith, Behold the Lambe of God, which taketh away the sinne of the world.

コリント人への第一の手紙5.7
……わたしたちの過越の子羊であるキリストは、すでにほふられたのだ。
. . . . . . For euen Christ our Passeouer is sacrificed for vs.(欽定訳ではたとえの表現をしていない)

「子羊」は人類の罪を償うために自らを犠牲とした救世主=イエスを表すのに使われているようだ。この用法を「神の子羊:Agnus Dei」」と呼ぶらしく、agnusはラテン語でも羊の意味である(deiは神deusの所有格)。

そして、「迷える羊:stray sheep」は先のイザヤ書53.6でたとえられている「われわれ(罪人=人類)」を指すのだろう。53.7では救世主を指すのだけれど。

なお、「lost sheep」というのもある。ルカによる福音書15.1-7などに出てくる。ここでも「羊」は「救われる対象=人類」である。


☆我唔知不過 :-)

2024年8月22日木曜日

仔

きのう朝、亀乃尾の滝から駅へ降りたマンションの玄関にまだ幼さの残る茶猫、錆猫きょうだいがいた。錆猫はさっさと逃げてしまったけど、茶猫は話しかけると座ってちょっと耳を傾けてくれた。

その帰り、太陽光発電所下の峠道の脇でガサガサ音がするので見ていたら子どもの猪が出てきた。ウリ模様はもう消えていたけど。

春に生まれた子どもたちが独り立ちを始める時期なんだろうか。

仔猫、仔猪……それにしてもこの「仔」という字も面白い。せっかくにんべんを付けたのにもっぱら動物に使うようだ。何か仔細があるのだろうか。

2024年8月21日水曜日

表


小豆と南瓜のいとこ煮。

┳━━━━━マメ目
┃ ┏━┳━ブナ目
┃ ┃ ┗━ウリ目
┗━┻━━━バラ目
 
植物分類に沿っているのである。

それにしても「表」に「いとこ関係の親戚」(漢辞海)という意味もあるんだな……と念のため広漢和辞典を引いてみたら「表」のところには「母方または妻の親戚、外戚」として「皆中表ノ腹心」(後漢書郭太傳)などの用例があげられている。そこで「中表」を同事典の熟語索引で探すと「いとこ同士の互称、父の姉妹の子を外兄弟、母の兄弟姉妹の子を内兄弟といい、合わせて中表という」とある。これだ。

2024年8月19日月曜日

昇


きのう夕方。十五夜お月さんが昇ってきた。カラスは山へ帰っていく。

なお、望はあす20日朝3時26分。

2024年8月18日日曜日

巡


なんだかんだ言っても地球は着々と公転している。

今朝は山際にシリウスが現れた。木星と火星は並んで高くなっている。

写真はきのう夕方、文月十四夜の月。

2024年8月17日土曜日

葉


ずいぶん上がる感じがするけど、一軒一軒、届けるには安すぎるかもしれない。

2024年8月16日金曜日

峰


嶺は道のある山、峰は尖った山頂のことなのだと『漢辞海』はいう。

2024年8月14日水曜日

齟

先月のコロナ対応、今月の仙台行き、ふだんと違う生活で、ちょっとギザギザ。

体勢を立て直さなくては。

2024年8月12日月曜日

三


ミニトマトを売っていた。色々である。

2024年8月11日日曜日

煮


鹿尾菜の煮物を作ってみたけど、使い残していた乾物をいろいろ入れすぎた。もはや「鹿尾菜の」煮物ではない。

2024年8月10日土曜日

白

谷間では白百合が咲き始めた。バルザックのはまだ読んだことがない。

有馬温泉街の白猫はさくらねこであった。このあいだフェンス越しにちょっと話ができた(もちろん通じないけど)。

東の空では、未明に木星、その右上に火星、右におうし座のアルデバラン。ちょっと離れて上にはすばる。左にさらに離れてカペラ。けっこうにぎやかである。明け方にはオリオンがよいしょっと起きてくる。

2024年8月7日水曜日

仙その4


津波に洗われた蒲生干潟が再生していた。それを眺める若かりしころここで実習したじいさんたち。


蟹たちは潮を招くが津波はこりただろうに。


これは大阪の天保山と低さを競った日和山。ここから干潟が一望できたのに堤防の方が高くなってしまった。




2024年8月6日火曜日

蕣

三田駅線路脇の蕣。


この字も日本と中国古典で別の植物を指すんだな。

2024年8月4日日曜日

仙その3


40年前、成育状況調査を手伝った欅並木。ずっと大きく、太くなっている。川内・青葉山キャンパスの木々も鬱蒼としてきている。時の流れは着々と進んでいる。

片平キャンパスには魯迅が学んだ木造階段教室が残っている。東北大学出版会の事務所も同時代の木造。変わるもの変わらないもの、それぞれだな。



秋保てはツクツクホウシとミンミンゼミ。有馬より季節がちょっと早いかも。


ところで、定禅寺通りの欅並木は戦災復興で植えられたもの。もともとは狭い通りだったので、欅の地下には住宅の基礎などが残っている。そのため、山中とは異なり主根がまっすぐ深く伸びられず横に広がっている。並木を守っていくのは今後もなかなかの労力が必要になりそうだ。

2024年8月3日土曜日

仙その2


旧生物学教室の建物は健在だった。もっとも、私たちの入学の10何年か前に理学部は青葉山に移転していて、ここは伝説の場所だったのだが。

いまは放送大学が使っていて少々小綺麗になりすぎている。

夕方、待ち合わせ場所のベンチに師匠と私が並んで座って数分間、お互いに気づかなかった。なにしろ卒業以来、会ってなかったのだ。

ミズアオイなど雑草として駆除されてきた植物と共存する稲作や、けやき並木の状況など、いろいろ聞けた。稲作については歴史経緯を知るために古文書も読んでいるとのことで、漢典やCHISEを使っての漢字検索のやり方を話したら喜ばれた。

2024年8月2日金曜日

仙

今日から2泊3日で仙台へ。

明日夜から秋保温泉に1泊で生物学科の入学45周年同期会なのだ。せっかくなので前泊。アルバイト先に顔を出し、夕方には恩師と会食。

2024年8月1日木曜日

厚


どーん。今から、フォッサマグナへ発送。