2026年3月31日火曜日

咲


咲いたら風が。

2026年3月30日月曜日

稍


ようやくハクモクレン?タムシバ?が咲き始めた。

きょうの標題は「梢」ではなく「稍」。のぎへんのこの字は「ようやく」「やや」なのだ。梢の蕾が稍く綻び始めた……となるのだ。

2026年3月29日日曜日

駘


きのうは三田の人と自然の博物館で環境DNAを使った生物分布調査法を紹介する講演を聞いてきた。粘膜や排泄物などに含まれ、川の水に溶け込んだり、植物の葉に付着したものを採取して、それで、そこにどんな生物がいるか判断するというもの。これまでの観察や捕獲・採取による調査より格段に簡単なのだ、

写真はその帰り道。有野川沿いにのどかなところを見つけた。

2026年3月28日土曜日

菜


サラダ菜を植え付けた。これで、ブロッコリー、ホウレンソウとで3品目になった。

さて、この菜園をなんと名づけよう。玄宗皇帝にあやかって「狸園」と呼ぼうかな。

2026年3月27日金曜日

豆


小粒黒豆で煮豆も作った。


ザワークラウトは漬物だから、ピクルスやぬか漬けのように食べればいいと思う。今回のはあまり酸っぱくない。

2026年3月26日木曜日

酸其八耶


漬けてから八日目。できたようだ。ザワークラウトのはず。

2026年3月25日水曜日

小



小粒黒豆ご飯。

2026年3月24日火曜日

河



有野川の河津桜も見ごろになってきた、

2026年3月23日月曜日

聞

初聞啼鶯。

膨らんで凹む。
膨らんだのは自転車のタイヤ。きょねんの夏にもなったけど、また、タイヤの形状を保持するワイヤーが切れた。その切れたところがヘルニアのようにぷっくり……
凹んだのはもちろん私の気分。
ああ、支出も膨らむのであった。

2026年3月22日日曜日

筆

空になんと書いているんだろう。

ここでも水仙たちはにぎやか。

母の七七日法要で実家へ行ってきた。


一方、団地の端ではけさ、早咲きの桜が満開。


しかし、霜も降りている。



2026年3月21日土曜日

酸其四


ブロッコリーの花序はずいぶん広がってきた。


ザワークラウト四日目。裏返すとずんだ餠のようである。

2026年3月20日金曜日

酸其三

三日目。


しぼっても汁はあまり出なくなった。

2026年3月19日木曜日

酸其二



ブロッコリーの花のおひたし。菜の花のような苦味がなくて、美味しい。

二日目。



2026年3月18日水曜日

酸


甘藍中肋の炒めもの……



ザワークラウトを仕込んだ残りなのだ。千切りキャベツに塩をなじませて、空気と水気を抜きなから常温で1週間置いておくとできるそうな。乳酸菌発酵なのだ。

2026年3月17日火曜日

咲



さいた さいた ブロッコリーのはなが……

菜の花の仲間なので花弁は4枚。そういえばアブラナ科を「十字花科」と呼んでいたこともあったな。

2026年3月13日金曜日

鹿



鹿尾菜煮を作った。「鹿尾菜」はヒジキである。

そういえば、鹿を部首として含む字の多くはさまざまな鹿の種類を言う字だけど、麤など荒い・粗い様子を表す字もある。「鹿尾菜」もその類だな。

2026年3月12日木曜日

寒



えー、けさも寒いですが、みなさん、美味しい花の季節ももうすぐです。縮こまらず、元気よく働きましょう……雀の朝礼?

2026年3月11日水曜日

違

渡邉雅子『論理的思考とは何か』によると、文化的背景によるレポートの論理展開の違いについて、早くに注目したのはアメリカの応用言語学者のカプランだとのこと。
 
Kaplan, Robert B. 1966, “Cultural Thought Patterns in Inter-Cultural Education.” Language Learning. 16(1-2), pp. 1–20;
(このリンクは初出の雑誌ではなく、後年同論文を再録した書籍)
 
概要は渡邉さんの本の第1章で紹介されている。 
 

2026年3月10日火曜日

筆其二

コパさんが習った「手首をもっと縦に、持ち上げるように」というのはこんな感じ?
 
汲古書院の『

筆

娘からもらった書道の高校文部省検定教科書に筆の持ち方、腕の構え方が載っていた。筆はまっすぐ立ててますな。




2026年3月9日月曜日

妖



山海経に基づく図鑑を見つけた。やるな、角川ソフィア文庫。小松謙先生のビギナーズ・クラシック『水滸伝』もこの文庫から出ている。


ねこまた……ではない。

2026年3月8日日曜日

蓮



蓮の臺でうとうできるのはいつのことやら、いや、もう何回かは泥の中かな。

蓮根汁を作ってみた。すりおろして味噌仕立て。汁の実はブロッコリー(買ったもの)。

2026年3月7日土曜日

黄



わが家も黄色の季節。咲いた咲いた。

2026年3月6日金曜日

財

 水仙といえばこんな歌があったな。

 
人並みの暮らしをしようとマンション(この歌詞のmansionではなく日本語用法)を買い、人並みに仕事をしようとコンピューターやカメラを工面したが、空回りだった。資本主義を批判しながらすっかりその論理に搦め捕られていた。いまやマンションやカメラはもちろん、家庭すら失ってしまったのである。
 
なお、daffodilはラッパスイセンNarcissus pseudonarcissus、ふつうのスイセン(ニホンスイセン)はNarcissus tazetta var. chinensisである。

2026年3月4日水曜日

背



柱の傷は一昨年の……は次の節句だが、またまた背伸びをしてしまった。いや、名月を取ってくれろと(一茶)泣くようなものか。

愛読者カード係行はがきやスリップが挟まったまま。ほぼ新品である。

西田太一郎『新訂漢文法要説』の序説で薦められていたのだ。それに安かったのだ(2000円!)。西田先生はこの間詁で文法を学べとおっしゃっているのだが、墨子そのものの非攻論もいまどきの乱世では注目せざるをえない。

それにしても、札幌で昼下がりに発送したものが翌日宵の口に届くとは。

2026年3月2日月曜日

皺

「2月は逃げる」、去る者は追わずである……
 
しかしそれでは2月がかわいそうだ。 
 
ローマ暦で現在のように1月が年の始まりになったのは、かのガイウス・ユリウス・カエサルが1年を365.25日として4年に一度、閏月を置くというユリウス暦を西暦紀元前45年1月1日に施行した時から。それまでは年の始まりは3月であり、2月は年末の月だった。
 
3月から31日、30日、31日、30日、31日、31日、30日、31日、30日、31日、31日と月を重ねていくと、年末の2月に残るのは28日。
 
つまり、2月はほかの月の皺寄せをくらって短くなってしまったのだ。
 
(途中の31日の月から融通しろよとは思うのだが。)
 
 
それにしても皺と雛は似てる。 しわくちゃの顔で生まれて、しわくちゃの顔で人生を終えていくのだな。