きのうはきょうだい四人で墓参り。花を挿したり線香を供えたりして、ふと見ると、わが家の石塔群十基ほどの真ん中に「醉翁󠄂□□信士」という戒名を刻んだのがあるのである。享年は天保四年とある。私たちからすると五〜六代前になるようだ。
「よっぱらいじいさんか〜」と四人で笑った(私たちの祖父は鼻の頭をいつも赤くしていたほんとうの酒呑みだった)。
「醉翁󠄂」は宋代の歐陽脩の雅号だと、あとで下の妹がコトバンクを引いて知らせてきた。
そのひとつ隣のひときわ大きな石塔の森松ケ枝市左衛門さんが相撲取りだったという話は子どものころからよく聞かされていた。しかしこの天保の醉翁󠄂さんのことは話題にのぼったことすらない。きのう初めて気付いたのだ。
こんな小さな谷間の村にも中国文人の雅号をいただくような人がいたんだ。「いまごろ気付いたか」と醉翁󠄂さん、にやりとしたかもしれない。
戒名の読めなかった部分、気になるので近々、確かめにいってみたい。